【 傷つきやすい男心 】

 

 Self Cut

もう何年も髪を自分で切っている。

男にしては少し長いから出来るのであって、要は粗が目立ち難いから出来る。

もしも短髪だったら、長短の不揃いが甚だしくなっているに違いない。

ハードボイルド作家の北方謙三さんも若い頃から自分で髪を切っているとエッセイの中で明かしている。

理容室の若い女の店員さんからの何気ないひとこと。

「まつげがクルっとしてて、かわいいわね」

そのひとことが、少年期の北方さんの男心を傷つけたという。

その店員さんにしてみれば傷つける意思があったわけではないが、

当時の北方さんにとって、それは褒め言葉にならなかった。

客観的には、勝手に傷ついた、そうなるだろう。

だが、それからというもの北方さんは理容室に行くのが嫌になり、大人になっても、ずっと自分で切っているという。

多くの場合、そういった心の傷は自らで抑える方向に働く。

我慢して耐え、不快に感じないよう感覚を鈍化させていく。

または、勇気を振り絞って、あえてコンプレックスをアピールすることによって、前向きな笑いに転化してしまうという方法もあるだろう。

しかし、よく考えてみれば、心の傷を隠したり、変に捻じ曲げて転化するよりも、

これも自分の立派な傷のひとつ、ナイーブさであると認めていくことはたいへん勇気のいることだ。

そして、繊細な心を乱暴にせず、大切に扱っていこうとする姿勢は自然であり、持って生まれた個性を生かしている。

自分の感情に対して無理がなく、素直な気持ちが現れている。

北方さんの Self Cut から思うことは、「男は強いもの」という虚構の崩壊。

男の弱さ、醜さ、傷つきやすさをしっかりと見つめたうえでの再構築。

それらが作品を通じて主張する「男の美学」の根としているところなのだろう。

yoshi

 

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