*本作はフィクションです 本文中の見解はストーリー上のものであり協力者とは関係ありません*

 

 

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SPEED GROOVE. Little Love Mix

 

 色のない世界を漂っていた

頬にうっすらと滲み伝うものは

男として恥じるべきこと

しかし偽りのない現れだった

 

 

  離れて暮らしていても抱き合えば分かり合えた、あの頃。

俺たちには何が足りなくて何が残っていたのだろうか。

振り返って言えることがひとつあるとすれば、

それはたぶん、愛が足りなくて愛が残っていた、というものになるのだろう。

いまこうしてようやく仕事の世界において立てたとき、

振り返れば彼女には彼女の世界があり、そこには俺という存在があるべきものとしてあった。

しかし、男と女の心が通い合うということがどういうことなのか、

そのほんとうのところを知らないまま俺は仕事に打ち込んでいった。

男が女を愛する為に欠かすことのできないものを得るために、その正しいとされる教えのとおりに。

 そして、男と女のすれ違いは、往々にして互いが自分の思い通りになるよう期待することから始まる。

正しさを求めていくことが相手と、そして自分をも縛っていく。

互いに支えあっていくはずが互いに尽くすことを求めあい、

互いに思いやるはずが互いに気遣うことになっていった。

彼女の為にという努力も、あなたの為にというやさしさも、

自分というものを蔑ろにしては、それは愛の対極へと向かっていくものなのに・・・・。

 

 

 俺の隣に残ったのはGT-R、それだけだった。

正当化のできない世界が潜む、深夜の湾岸高速を独り飛ばす。

かつては気の合う仲間とチームを作っていたが、ちょっとしたゴタゴタがきっかけとなって解散した。

同好の集まりでもルールはあり、隠れた欲求であるホンネがそこにぶつかる。

ホンネで走るということは、ただ飛ばせばいいというものではなく、そこには引き換えとして怖さがある。

こういうことをしていれば多かれ少なかれ経験していくものだが、それをまだ知らない奴もいる。

見ようとしない奴もいる。

知らない奴は、いずれ身をもって知る機会があるだろうが、

アタマでわかっているだけで見ようとしない奴はもっと危ない。

咄嗟の判断というものは運転技術というよりも日常の在り方、その意識のもちようが現れるものだ。

非日常の世界で起こることは既に日常で起こっている、というパラドックス。

右か、左か。

インを差すか、それとも引くか。

勝ちたいという欲望と、こう動くはずだという思い込みが中立な見方をくるわせ、かえって勝てなくする。

模索してきた生き方が夜の冷えたアスファルトに映り、燃え滾ったエグゾーストに飛ばされていく。

そういう、ちょっとセンチメンタルな世界がここには広がっている。

 

 

 昔の自分といまの自分を比較してみて変わったと思うことは、

自分自身を大切にしていない奴とは走れなくなってきた、ということだ。

怒りや不満をスピードにぶつけている奴と走るのは巻き込まれるかもしれず、怯えている奴と走るのも危ない。

過信も卑下も、この世界では、そのどちらもが命取りとなる。

感情をぶちまけるかのような走りがしたくなる背景には、

何か犠牲にしてきたものが溜まりに溜まっているからではないか。

底なしの怖さと震えるほどの弱さを乗り越え、それでも挑み続けている奴と俺は走りたい。

そういう奴は派手さは抑えめだが、いつも一線を越えた速さのなかにいる。

しかも、美しく抜いていく。

そして、どこか吹っ切れた感じのする奴なのだ。

 

 

 川崎港から横浜港へと続く、東京湾の無機質な工場地帯。

真夜中でも、ここは眠らない。

彩る燈火が醸し出す、せつなさを呼び覚ますかのような情景が好きだ。

闇に漂う、冷めた空気の塊を一直線に切り裂いていく。

そうしていると何か自分のほんとうの姿が取り戻せるような、リセットされるような気がしてくる。

いつもは実感のできない自分というものを、この速さの中ではしっかりと感じられるからだ。

それはもしかすると、毎日が凝り固まった感情の理不尽さの中で息を潜めているからなのかもしれない。

競わされ、しかし勝ち過ぎてもいけないヒエラルキー。

コミットメントを達成できなければ馘となり、上を超えれば弾き出される。

 

 

 過ぎ去って行くのは時間だけではなく、古い想いもまた然りである。

飛ばせば飛ばすほど景色は歪み、忘れかけていた苦い想い出がぼやけた夜空に過ぎていく。

ベイブリッジを渡り左からの合流を過ぎると、コーナーの続くトンネルに入る。

逆バンク気味のいくぶんきついコーナーで路面のグリップを失いやすいところだ。

ブレーキペダルに右足を移し、そっとやさしく、しかし力を込めて踏んでいく。

昔はどこまでブレーキを遅らせ、どこでアクセルを入れ始めるか、

そんなことをチームの奴らと競いあっていたものだ。

荒いブレーキングで挙動が破綻しつつあるにもかかわらず我慢をし、得意になっていた。

いま思えば、あの頃は人に認めて貰いたくて仕方なかったのだろう。

仲間からの賞賛が我慢の報酬であった。

 

 

 しかし、それがどれだけ無謀なことであるか、気付くのにたいして時間はかからなかった。

路面を捉えているからこそ生じる摩擦、

そして抵抗という支えを失ったクルマの向かう先が破滅であるということは確実なことであった。

ある晩ついにブレーキングと一瞬遅らせて切ったステアが抜けるように逃げていった。

積み重ねた賞賛が、ほんの一瞬で強固なコンクリート壁へと吸い込まれるように消え散っていく。

寂しさを怖れ、何かを成し遂げることによって満たそうとした自信は脆い。

湾岸から横浜へと続くこのコースを走ると、今もその当時のことが浮かび上がるように思い出されてくる。

 

 

 

 

 高速を降り、港沿いの道にGT-Rを停める。

埠頭へとつながる遊歩道をゆっくりと歩く。

洒落た洋風の街燈が開港の街らしい異国情緒を醸し出している。

停泊している外国の大型客船の照明がゆらめき眩しい。

鏡のように反射して映っているということは、今日の波がそれだけ穏やかに流れているということだ。

カラッと乾いた冬の風が桟橋から吹きつけてくる。

ジャケット一枚では寒さを凌ぐのが厳しくなってきた。

バッグからダークブラウンのストールを取り出し、襟元からかける。

クリスマスシーズンの港通りは、行き交うたくさんの恋人達がその情景をいつもより輝かせようとしている。

寄り添う面影が散らばるこの街は、愛と哀とがせつないほどに行き交う街だ。

歩道に積もった落ち葉が冷たい潮風に吹かれ、舞い上がっていく。

 

 

 失って気づくこと・・・・・。

俺はいったい何者で、そして、これから何処へ向かおうとしているのか。

大切なものを失った、哀れな、ただの落ちこぼれというだけのものなのか。

それなら、それでいい。

そんな自分も悪くは無い。

善い悪いの善悪など、そんなものはあるようで絶対的には無いのがこの世のほんとうの姿。

すべての物事には裏と表があり、そのどちらの側から見ているかによって見え方が違うというに過ぎない。

努めてプラスに考えようとするのではなく、ありのままに見てみれば、

真なる事実は失ったというただそれだけのことだ。

 そして、挫折も自分が無意識に望んでいた結果なのだと気づいた。

それがありがたくも律儀にいま叶っている。

誰のせいでもない。

責めるということは、もうその時点で自らを自らで被害者であると認識、自らの価値をそう仕立てているともいえる。

俺は、そうはなりたくない。

 

 

 清々としたこの気持ちは、降り積もった落ち葉が風に吹かれて一掃されるかのようだ。

この解放感を味わいたくて俺は挫折という経験を望んでいたのではないか。

もしも何事もなく進んでいたのならば、この気持ちの良さを感じることは出来なかっただろう。

縁あって、この世に生を受けてきたのに、それは勿体無いと思えるくらいだ。

そして、これから新たに望むものがあるならば、自分自身に投げかけ、問うていくことだろう。

その為に今日、俺は此処に来てみたかったに違いない。

 

 

 公園沿いの銀杏並木を歩いていると、

かつて聞いた言葉が、おぼろげながら蘇ってくるような気がする・・・・。

 

   わたしは わたしたちの過ごした時を忘れていく

   たくさんの想い出も いずれなくなっていく

   風雨に晒され 風化するかのように

   たとえ残ったものがあったとしても

   それはもう色褪せて乾いたもの

   かなしみは解放することによって薄まり

   だんだんと心に響かなくなっていく

   そのために わたしはわたしを愛していく

   熱い色が軽くなり

   激しい重みが褪せるまで

   愛したという そのせつなさに

 

 

 いまも覚えている。

俺はあのとき、なにもいえなかった。

返す言葉に困り、渋い顔で立ち尽くしていた。

身体はその場にあったが、心は逃げていた。

それがいまになって、ようやくその言葉がみつかったような気がする・・・・。

   

   もはや 守るものはない

   もはや 果たすべきものはない

   もはや しがみつくものはない

   あとは したいことをしていくだけ

   そのために 俺は俺を解いていく

   堅そうなものは脆く

   強そうなものは怯え

   偉そうなものは寂しがっている

   失ってこそ始まる

   愛したという そのはかなさに

 

 

 

 

SPEED GROOVE 2013. Little Love Mix

 

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Special Thanks

 

 

NISSAN SKYLINE GT-R

BCNR33 Autech Version

Restored by Garage Yoshida

 

 

 

車輛協力

GARAGE YOSHIDA

http://garage-yoshida.net/

 

 

撮影協力

Special Guest  kyoko

 

 

 

Nov. 2013

yokohama

 

 

 

Produced by yoshihisa

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